AIの時代に価値が上がるのは「脳」そのもの — McKinseyが提唱する「ブレインキャピタル」とは

脳資本という新しい競争力(記事内容を表したイメージ図) トピック解説
図:脳資本という新しい競争力

AIが仕事の多くを代替していく時代、企業や国が本当に投資すべき資産は何か。McKinsey Health Institute(MHI)が世界経済フォーラム(WEF)と共同で2026年1月にまとめた33ページのレポート「The Human Advantage: Stronger Brains in the Age of AI」は、その答えを「脳」に求めています。本記事では、このレポート本文と巻末の出典データをもとに、主張の背景にある個別の研究成果まで掘り下げて紹介します。

動画で見る

「ブレインキャピタル」という新しい経済資産

レポートが提唱する中心概念が「ブレインキャピタル(脳資本)」です。これは大きく2つの要素で構成されます。

  • 脳の健康(Brain Health): 精神疾患・神経疾患・依存症などを生涯にわたって予防・治療し、脳が最適な状態で機能すること
  • 脳のスキル(Brain Skills): 認知能力、対人関係能力、自己管理能力、テクノロジー活用能力など、変化に適応し価値を生み出す力

レポートはこの2つを別々の要素として扱わず、「相互に補強し合う一対のもの」と位置づけている点が興味深いところです。ストレス・睡眠・地域とのつながりといった共通のリスク/保護要因が、脳の健康と脳のスキルの両方に影響することが近年の研究で示されており、脳の健康を改善する介入が、副次的に脳のスキルの向上にもつながる可能性が指摘されています。

「決まった手順を知っていること」より「手順自体を作り直せること」

レポートが定義する「脳のスキル」は、脳が担うすべての機能を指すわけではありません。強調されているのは、メタ認知や複雑な意思決定など、高次の認知・感情・適応機能に関わる能力です。

レポートはこの違いを、「決まったレシピを知っていること」と「圧力下で新しいレシピを発明すること」の違いにたとえています。ある業務フローを知っていること自体の職場での価値は下がりつつあり、状況が変わったときにアプローチを考え直せる能力の価値が相対的に上がっている——これは、定型業務をAIが代替しつつある今の職場環境と、直接重なる指摘です。

なぜ今「脳」なのか

レポートの核心的な主張は、経済的な優位性の源泉が根本から変わりつつあるという認識です。

これまで企業や国の競争力は、安価な労働力や物理的な資産の量で測られてきました。しかしAIと自動化の進展によって、こうした従来型の優位性は急速に価値を失いつつあります。市場を動かす原動力は、モノや労働力から、アイデア・アルゴリズム・そして猛烈なスピードで学習する能力へとシフトしているというのが、McKinseyの見立てです。

AIが仕事のあり方を再構築していく中で、これからの競争力は「人間の強みと機械の強みをどう組み合わせるか」で決まる——レポートはそう指摘します。国も企業も、人間の知性とテクノロジーが補完し合う仕組みへと、戦略そのものを進化させる必要に迫られているというわけです。

脳の健康が生産性を左右する、という研究の裏付け

このレポートが単なる理念に終わっていないのは、具体的な研究成果を数多く引用している点です。いくつか紹介します。

脳の健康スコアと病気リスクの関係。「Brain Care Score」という、修正可能な脳の健康要因を評価する指標があり、このスコアが5ポイント高い人は、心血管疾患の発症リスクが43%低く、肺・大腸・乳がんの発症率も31%低いという関連が報告されています。脳の健康は、脳だけの問題ではなく、代謝・心血管・社会的・感情的な健康と幅広く結びついているというのがレポートの立場です。

高齢期の認知機能に関する米国POINTER研究。神経保護に配慮した食事・運動・認知トレーニングを組み合わせた複合的な生活介入が、高齢者の脳の健康に有効であることを示した米国の大規模研究です。こうした介入は、脳の健康だけでなく代謝や心血管の健康を通じた「健康長寿」にもつながると位置づけられています。

幼少期投資の高いリターン。教育経済学で知られる「ヘックマン曲線」(幼少期への投資ほど経済的リターンが大きいという理論)を引用し、複数の具体的なプログラムの実証データを示しています。

プログラム 年間リターン/効果
HighScope Perry Preschool Programme(米国) 年率7〜10%のリターン
Carolina Abecedarian Project / Carolina Approach to Responsive Education(米国) 平均年率13.7%のリターン
低中所得国における質の高い幼児教育・保育 費用対便益比 最大9:1
ジャマイカの20年追跡調査 質の高い幼児期の刺激を受けた層は賃金が25%高い

職場介入の実例。スポーツウェア企業Onは、セルフケアライブラリへのアクセス、コーチングセッション、社内のウェルビーイング(脳のスキルを含む)ワークショップ、管理職向けの対人スキル研修を組み合わせたプログラムを実施し、投資対効果(ROI)が11.6倍に達したと報告されています。

脳のスキルとAI時代の職場に関する実測データ。WEFが毎年実施する調査(55の経済圏・22の産業クラスタ、1,000社超の雇用主が対象)によれば、2030年までに従業員の平均59%が、変化するスキル需要に対応するための追加トレーニングを必要とすると見込まれています。また、AIツールを戦略的・効果的に使いこなす能力は、わずか2年で7倍に伸びたというデータも紹介されています。30か国の労働者を対象にした調査では、「適応力」と「自己効力感」が、従業員が単に業務をこなしているだけでなく「活き活きと働けている(thriving)」と感じるかどうかを左右する、最も強い決定要因だったことも示されています。

「今、必要なスキル」と「これから伸びるスキル」は違う

WEF「Future of Jobs Report 2025」は、雇用主に「現在最も重要なスキル」と「今後重要性が増すスキル」をそれぞれ上位10位まで尋ねています。2つのランキングを並べると、AI時代のスキルの中身が見えてきます。

順位 今、最も重要なスキル 今後、重要性が増すスキル
1 分析的思考 AIとビッグデータ
2 レジリエンス・柔軟性・敏捷性 ネットワークとサイバーセキュリティ
3 リーダーシップと社会的影響力 テクノロジーリテラシー
4 創造的思考 創造的思考
5 モチベーションと自己認識 レジリエンス・柔軟性・敏捷性
6 テクノロジーリテラシー 好奇心と生涯学習
7 共感と傾聴 リーダーシップと社会的影響力
8 好奇心と生涯学習 タレントマネジメント
9 タレントマネジメント 分析的思考
10 顧客対応・サービス志向 環境スチュワードシップ

この表で興味深いのは、「AIとビッグデータ」という技術系スキルが将来ランキングの1位に躍り出る一方で、それ以外の9項目はほぼすべて、本記事で扱う「脳のスキル」(分析的思考・創造的思考・レジリエンス・リーダーシップなど)で占められている点です。AIスキルは重要性を増していますが、それは全体の10分の1に過ぎず、残り9割は依然として脳のスキルが占めている——これがこのランキングの示す実態です。

経済インパクトの試算

レポートは、脳への投資が持つ経済効果について複数の角度から試算を示しています。

項目 試算
脳の健康に関する介入の全世界的な普及による2050年までの累計GDP押し上げ効果 最大6.2兆ドル(同時に2億6,700万DALYs=障害調整生命年の回復)
従業員の健康(脳の健康を含む)への積極投資による世界GDP押し上げ効果 最大12%(経済価値にして最大11.7兆ドル)
女性の健康格差解消による2040年までの年間GDP押し上げ効果のうち、精神・神経疾患が占める割合 約1兆ドルの約25%

単なる「福利厚生」ではなく、マクロ経済レベルのインパクトを持つ投資領域として脳の健康を位置づけている点が、このレポートの特徴です。

この数字はどう計算されているのか

「6.2兆ドル」「11.7兆ドル」という数字は、レポート本文には計算過程が書かれておらず、それぞれ別の一次レポートを参照する形になっています。出典を辿ると、次のような計算の骨格が見えてきます。

① 6.2兆ドル(脳の健康介入・2050年まで)の内訳。この数字の出所は、McKinsey Health InstituteがClinton Health Access Initiativeと共同で2025年9月に発表した別のレポート「The new case for brain health」です。計算の土台になっているのは、IHME(Institute for Health Metrics and Evaluation)の「Global Burden of Disease」2021年版データセット。これによると、精神疾患・依存症・神経疾患による世界全体の疾病負荷(DALYs=障害調整生命年)は、直接的な負荷だけで合計6億2,600万DALYs(内訳: 精神疾患1億8,200万・依存症3,400万・神経疾患2億8,200万)にのぼり、さらにこれらの疾患が引き起こす心血管疾患など二次的な非感染性疾患の負荷(合計1億2,800万DALYs)を加えると、負荷はさらに大きくなります。この総負荷のうち、費用対効果の高い介入策を世界的に普及させることで2050年までに削減可能と試算されたのが2億6,700万DALYs。このDALYs削減分を、健康状態の改善が生産性・就労率に与える影響を通じて経済価値に換算したものが、6.2兆ドルという累計GDP押し上げ効果です。

② 11.7兆ドル(従業員の健康投資)の内訳。こちらの出所は、McKinsey Health Instituteが2025年1月に発表した43ページのレポート「Thriving workplaces」です。原文では「世界GDPを4〜12%押し上げる」という幅のある試算が示されており、11.7兆ドルはその上限値にあたります。この4〜12%という幅の内訳は、高所得国が2〜5%分、中所得国が2〜5%分をそれぞれ寄与するという構成です。興味深いのは対象人口の非対称性で、この試算は高所得国の従業員6億3,600万人に対し、中所得国は4倍近い25億人を対象にしています(中所得国は平均賃金が低い一方、対象人口が圧倒的に多いため、健康投資による恩恵を受けうる従業員数が多いという計算です)。なお低所得国については、信頼できる推計に足るデータが不足しているという理由で、そもそもこの試算に含まれていません。つまり11.7兆ドルという数字は、世界の労働人口の一部(高中所得国のみ)を対象にした試算であり、むしろ控えめな見積もりである可能性がある点は留意が必要です。

いずれの数字も、単一の統計ではなく、既存の疫学データ(IHME)や労働人口データを土台に、複数の前提を積み上げたモデル試算である点は押さえておく必要があります。前提が変われば数字も変わりますが、モデルの骨格自体はIHMEの公的な疾病負荷データという検証可能な土台の上に組まれています。

実行のための5つのレバー

McKinseyとWEFは、ブレインキャピタルを高めるための行動を、互いに補強し合う5つの領域に整理しています。

  1. 脳の健康を守る(Safeguard brain health) — 生涯を通じた予防と治療へのアクセス拡大。脳関連疾患は2025年時点の推計で世界の疾病負荷全体の24%を占めるとされ、精神疾患の半数は14歳までに、4分の3は24歳までに発症するというデータも示されています
  2. 脳のスキルを育てる(Foster brain skills) — 子ども・若年層への安全で豊かな学習環境の提供と、職場でのスキル育成介入の両輪
  3. 研究と計測を強化する(Study brain capital) — 脳資本を可視化する指標づくり。すでに100か国以上をカバーする「Brain Capital Dashboard」(Euro-Mediterranean Economists Associationが開発、WHO・世界銀行・OECDのデータを統合)が具体例として紹介されています
  4. 革新的な資金調達で投資する(Invest in brain capital) — 官民が連携した投資スキーム。かつての太陽光・風力発電市場がブレンド型ファイナンスや官民パートナーシップで成長した前例を、脳資本への投資にも応用できると指摘されています
  5. セクターを横断した行動を動員する(Mobilise cross-sector action) — 政府・企業・研究機関の連携。すでに世界で約50の組織がブレインキャピタルを戦略的優先事項として掲げていることが、マッピング調査で確認されています

企業が実践するための「5Aフレームワーク」

組織レベルでブレインキャピタルへの投資を進めるための実践的な枠組みとして、McKinseyは「Aspire(目指す)→ Assess(現状評価)→ Architect(設計)→ Act(実行)→ Advance(定着・拡大)」という5段階のフレームワークを提示しています。特徴的なのは、最初のステップ「Aspire」が、人事部門主導の取り組みとしてではなく、CEOと取締役会が主導する経営戦略上の優先事項として位置づけるべきだと明記している点です。多くの組織でブレインキャピタルへの投資が「コスト」として扱われ、価値創出への投資として認識されていないことが、取り組みが停滞する主な要因だとレポートは指摘しています。

日本にとっての示唆

このレポートが指摘する構造変化は、労働人口の減少と高齢化が同時進行する日本にとって、むしろ切実なテーマとも言えます。レポートが示す「2030年までに従業員の59%が追加トレーニングを必要とする」という数字は、労働力の量で勝負できない前提に立つ日本企業にとって、一人ひとりの学習速度と認知的な健全さをどう底上げするかが競争力に直結してくることを示唆しています。

さらに、高齢化に関するレポートの指摘——65歳以上の認知症有病者数はこの30年で1,870万人から4,900万人へと160%増加した——は、労働人口の高齢化が進む日本において、職場における認知機能維持への投資が、単なる健康施策ではなく生産性維持の課題であることを示しています。AIを導入して業務を効率化するだけでなく、そこで生まれた時間や余力を、従業員のスキル再構築(リスキリング)や脳の健康への投資にどう再配分するか——このレポートは、AI活用戦略を考える上でのもう一つの論点を提示していると言えるでしょう。

まとめ

  • AI時代の競争力の源泉は、労働力や物理資産から「ブレインキャピタル(脳の健康+脳のスキル)」へとシフトしつつある
  • Brain Care Scoreの研究では、脳の健康指標の改善が心血管疾患リスク43%減・がん発症率31%減と関連づけられており、脳の健康は単独の問題ではなく全身の健康と直結している
  • 幼少期教育への投資は年率7〜13.7%のリターンを生み、低中所得国では費用対便益比9:1に達する例もある——投資は早いほど効果が大きい
  • 職場でのウェルビーイング介入は、スポーツウェア企業Onの事例で11.6倍のROIを記録するなど、具体的な数字で裏付けられている
  • McKinsey/WEFの試算では、脳の健康への介入は2050年までに最大6.2兆ドルの累計GDP押し上げ効果、従業員の健康投資は世界GDPを最大12%(11.7兆ドル)押し上げるポテンシャルを持つ
  • 実行のカギは「脳の健康」「脳のスキル」「計測」「資金調達」「セクター横断の連携」という5つのレバーと、経営トップ主導の「5Aフレームワーク」
  • 労働人口減少・高齢化が同時進行する日本企業にとっても、AI活用と並行した人的資本への投資は避けて通れないテーマになりそうだ

参考・出典

  • McKinsey Health Institute × World Economic Forum「The Human Advantage: Stronger Brains in the Age of AI」(Insight Report、2026年1月): https://www.mckinsey.com/mhi/our-insights/the-human-advantage-stronger-brains-in-the-age-of-ai
  • 同レポート PDF全文(World Economic Forum): https://reports.weforum.org/docs/WEF_The_Human_Advantage_Stronger_Brains_in_the_Age_of_AI_2026.pdf
  • Herbig, B., Coe, E., Enomoto, K., et al.「The new case for brain health: Scaling interventions for health and economic growth」McKinsey Health Institute(2025年9月): https://www.mckinsey.com/mhi/our-insights/the-new-case-for-brain-health-scaling-interventions-for-health-and-economic-growth
  • Jeffery, B., Weddle, B., Brassey, J., Thaker, S.「Thriving workplaces: How employers can improve productivity and change lives」McKinsey Health Institute(2025年1月): https://www.mckinsey.com/mhi/our-insights/thriving-workplaces-how-employers-can-improve-productivity-and-change-lives
  • World Economic Forum「The Future of Jobs Report 2025」(2025年1月)
  • Davos Alzheimer’s Collaborative, UsAgainstAlzheimer’s, & McKinsey Health Institute「Nine levers to build brain capital in the workplace」(2025年1月)

#PR / 楽天モバイル従業員紹介プログラム

🤖 AI機能を使い倒すなら、通信環境も見直しを

画像生成もリアルタイム相談も、Wi-Fiなしでいつでも快適に。
楽天モバイルは 使った分だけの段階制プラン・SPUでポイント+4倍。

✓ このリンクは「楽天従業員紹介」経由:

  • 乗り換え(MNP)で14,000ポイント、新規で13,000ポイント還元
  • 楽天グループ従業員が運営する紹介ページ(実体験ベース)
  • 移動先で楽天会員ログインが必要です(リンクを開く→ログイン→申込の順でないと特典対象外になります)
  • リンク先は条件をまとめた案内ページで、そこから楽天モバイル公式(r10.to)へ進みます
  • 申込み前の疑問はLINEで個別相談可能

▶ 楽天モバイル紹介特典の詳細を見る

大手3社との料金比較・動画解説はこちら →

※ポイント付与条件・対象期間などの詳細は遷移先キャンペーンページをご確認ください。

📩 LINE で深掘り配信中

AI / マーケ / 楽天モバの限定情報を 週1〜2回 お届け(無料)
興味のあるテーマだけ選んで受け取れます

友だち追加する 👉

AIエージェント運用 / MMM / 楽天モバ紹介 の3テーマから選べます

コメント

タイトルとURLをコピーしました